シャンパンとホテルとそのあいだのこと

シャンパンとホテルと色恋についてのブログ

旅はスイッチ

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 生まれて初めて沖縄に行ってきた。

 

 3泊4日。那覇から少し離れたリッツ・カールトン沖縄まで車で1時間弱。ゴルフ場に囲まれるように小山の上に位置した、俗世から切り離されたみたいなホテル。のんびりするにはぴったりなので、滞在中ほとんどホテルから出なかった。

 

 ホテルには、様々な種類の本が用意されたライブラリが、屋外プールの脇にあり、そこに漫画の『ワンピース』が、予想外に71巻まであり、最近の『ワンピース』はもう良くわからなくなっていたが、昔は面白かった印象があったから、ちょっと古いぐらいがちょうど良く、持参したあまりおもしろくない本をちょっと読んではワンピースを読んで笑い、元気がでてきたらまた、あまりおもしろくない本を頑張って読み(頑張らなくても良いのだろうけれど、どうして読み切りたい内容の本だった。その本を読んだ後に幸田文の『台所のおと』を読み始めたら、とても読みやすく感じたので、最初に読んでいた方の本はやっぱりおもしろくないのだと得心した)、疲れたら泳ぐ、ということを三日間続けた。

 

 おしゃれなホテルなので、小難しい本を読む方がかっこう良いだろうと思ったのだけれど、『ワンピース』はちょうどいいぐあいに心の隙間に差し込む魅力があり、抗えなかった。それにバカンスである。漫画を読んだって良いはずである。

 

 リッツ・カールトン沖縄には、屋外にも屋内にも1つずつプールがある。僕ら(僕と妻)の部屋からすぐ近くにある階段を降りると屋外のプールがあったので、足が向きがちだったが、「離れ」にある屋内のプール(スパとジムと併せ持つ建物の中にある)のほうが、強烈な日差しを避けられて、より快適だった。どちらも温泉並みの水温だったが、いくらでも泳いでいられるほど気持ちよかった。まだシーズンでもないらしく、宿泊客も少なく、プールはときどき我々夫婦の貸し切り状態になった。それがさらに快適だった。

 

 海は、リッツのプライベートビーチがあり、ワゴン車で送ってくれる。ビーチでは、飲み物も食べ物をオーダーできるのだけれど、メニューを見てちょっと笑っちゃったのだけれど、焼きそばがあった。海の家みたいだと思っておかしく思い、オーダーしてみたが、なかなか美味しかった。海は少しいくとすぐに足がつかなくなるほど深くなっていたが、浅いところでもいろいろな魚が泳いでいて、水中メガネを持っていけば、ダイビングするまでもなく、魚が目の前を横切る姿を綺麗に観ることができた。

 

 しかし今思えば、せっかくの日常ではない環境。『ワンピース』ではなく、もっと読んだことのない本の読破を目指しても良かったかもしれない。しかし知見を広められなかったその一方で、夏休み感は盛り上がった。旅行後に読み始めた幸田文の『台所のおと』をもし読んでいたら、ケラケラと笑うこともなかったし、まあ良かったかもしれない。

 

 ホテルからあまり出なかったとは言え、食べ放題飲み放題みたいなプランもあったが、一人12,000円だったから、二人だと24,000円で、それだとけっこう良いシャンパンも買えちゃうし、ってことを考えたら、じゃあ地元で何か安くて美味しいものを食べて、ワインショップでシャンパンやワインを買って部屋で飲んだほうが良いじゃないかと思い、そうした。ワインショップは名護市に「とうまワイン店」という店があり、食事の後、そこに寄ってみたら、店主が親切に飲みたい種類のワインを選んでくれて、それとシャンパンをひとつ買って部屋で飲んだのだけれど、シャンパンもワインも美味しくて、この計画に妻とともに大いに満足した。

 

 仕事は、仲間に任せてでてきたし、夏季休暇の宣言もしてきたのでメールは見ないようにした。できるだけ徹底して、日常から一度離れること、それが僕の旅行のささやかな狙いである。知らない土地で知見を広めたいという気持ちもある。でもそれは行くだけでけっこう叶う。空港からホテルまでのドライブのあいだにも、沖縄の方たちの運転の仕方が、ずいぶんと独特だったし、徹底してどこにいる人たちも、何かが抜けていた。悪口ではない。でもだいたい注文は聞き間違えられるか、違うものが給されることになった。高級だろうが、高級ではないところだろうが、ぜんぶ同じ程度に、何かが聞き流され、何かを忘れられた。これは欠点ではなく、傾向なんだろうな、と僕は思ったのだけれど、そういうことですら、知らない世界の体温に触れるように脳に心地よい。だから、あとはいつもの日常からすっぱり離れることに専念すれば、よろしい。

 

 きっとそれが良いことだと思っている。心配とか将来とか仕事とかぜんぶ一回消して、それはまるでコンピュータを再起動させるみたいに全部一回終了すると具合が良くなることがあることを期待するに似た、歪みをリセットすること。そういうことは大切なんだろうと直感的に思う。

 

 ラグジュアリーホテルの良いところは、それもちょっとシーズンはずれだと尚更なのだけれど、他者に煩わされることがほぼないことだ。僕らが滞在中、他の宿泊客は半分が日本人、半分は外国人だった。ヨーロッパの人たちと中国人が半々くらいだった。中国人たちは、みな礼儀正しかった。大騒ぎする人たちもいないし、失礼な人もほとんどいなかった。みな挨拶をするし、欧米人たちは笑みの交換もする。

 

 そんなふうにして、リセットしてきて思うのだけれど、日常というものは、けっこう健康的に過ごしていても歪みみたいなものが膨らんでいくのだなということだった。東京に帰ってきて働き始めた僕は、疲労がやや残っているものの、何か言葉にできない動機が芽吹きはじめている気配を感じている。それが何なのか、ただの気のせいなのかはまだわからないけれど。

 

 ほとんど江戸っ子の妻は、沖縄のホテルの夜のプールで初めて満天の星を見たらしい。北海道の然別湖だともっとすごいんだけど、いずれ見せたいものだ。

 

 オンオフを切り替えるスイッチは、面白いと思うのは、スイッチをオフにして見えるものが時々あることだ。部屋の電灯のそれだとすれば、消せば、それが夜なら部屋の中のものは闇に消え、その一方で窓の外の景色がよく見えるようになる。そこに誰かいるならば、姿が見えなくなる一方で、肌がさわり心地が浮き上がり、気配が濃くなる。だからときどきスイッチは押したほうが良い。ぱっちりと。中くらい押すと、結局何も見えなくなるかもしれないから。ハレとケみたいにすっきりと入れ替えたほうが具合が良い。